みなさんこんにちは、セネガルの高須です。
前回に引き続き、「犠牲祭」の様子Vol.2をお届けします!
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セネガル最大の年中行事は、イスラム犠牲祭「タバスキ」。
朝のお祈りのあと、アッラーの名のもとに羊の喉をかっさばき、血を地面に流し、その場で皮はぎ・腑分け・解体を行うという、実に血なまぐさいものですが*1、セネガル人であればだれもが心待ちにしている1年のしめくくりのおまつりです。
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タバスキはイスラム暦によりますから、日にちは毎年ずれます。日を決めるにあたっては、政府の専門委員会のおじいさんたち(だいぶん目がかすんでいるとのうわさもあり(-_-;)が、くだんの新月とおぼしきその日にみんなで空を見上げ、 「おい、月は見えないな、ホントにホントに見えないなっ」と各地で確認し、その日から10日後をタバスキの日として正式に発表します。「委員はそろって月が全くみえないことを確認した」なんていう記事が大真面目に新聞に載ります。2007年のタバスキは12月21日となりました。とはいえどうも全会一致ではなかったようで、いくつかの宗派の人たちは20日こそが正当なタバスキであると主張し、前日から路上でいきなり羊を殺し始める人たちもいたりして、市中は若干混乱していましたが、「まあ、もともと20日からおまつりは始まっているようなもんだから」と庶民はいたって鷹揚でした。
成人男性であれば、タバスキに少なくとも羊一頭を用意しなくてはいけません。男尊女卑の傾向が強いイスラム教ですが、最近では経済的に自立している女性も、一頭用意するようになってきているとききました。お金持ち(だと思われている人)は親戚にも配らなくてはいけないので、多い人は5頭も6頭も購入します。功成り名を遂げた人が、若い頃に世話になった親戚にずっと羊を送り続けている、というような例も多いそうです。
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通常、タバスキの時期には、各国・各地に出稼ぎや留学に出ている息子や娘が続々と故郷に戻ってきて、盛大におしゃべりしながら料理して、新調の晴れ着を着て、肉をたっぷり食べて、親戚や友人を訪ねあって、またそこでも羊を食べて、子どもにお年玉をあげて・・・・とまさに日本の餅つき、お正月のような光景がまちじゅうで展開されます。「肉好き野菜嫌い」の傾向著しいセネガル人が、「うー、もう肉なんか見たくないよお」と楽しげに得意げに言う日でもあります。夜になると晴れ着を着て門かどをめぐり、親戚やご近所の人たちに、この一年間にさまざまな迷惑をかけたこと、かけたかもしれないことに対して「ごめんなさい」を言い合う(demander pardon)習慣があり、日本の除夜の鐘とも通ずるものがあることを思います。ウォロフ語で「心を洗う」という表現も使うそうですが、なかなか粋な風習だと思いませんか(´ー`*) 。こうして心を洗い、心ゆくまで肉を堪能したセネガルの人たちは、気持ちも新たに次なるおまつり、イスラム新年(タムハリット)へと突入していくのであります。
(つづく!)
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